うつむいていると、自分は落ち込んでいると心が錯覚する?

ぼくの科学的根拠もない仮説なんですけど。

人って落ち込んだり、傷ついたりすると、
自然とうつむきますよね。
視線が下がって、肩が落ちて、
胸が狭くなる。
で、呼吸が浅くなる。

そうやって、心と体って連動していると思うんです。

で、もしかしたら逆もあるのかもな、と。

視線が下がって、肩が落ちて、
胸が狭くなって、
で、呼吸が浅くなると、
心が「あ、おれ、落ち込んでるんじゃないか?」
と思うのではないかと。
「ああ、鬱だな。おれは。
だって体がうつむいてるもん」となっていく。
(今、書いてて気づいたのですが、
うつむくってのは、鬱の方を向くってことなんですかね)

ぼくたち、最近、本当に暇さえあれば
ケータイに触れていますよね。
あと、PCも。
もちろん、そのこと自体に問題はないですが。
情報を発信したり、多種多様な情報に接するのは、
とても素敵なことだと思いますし。

でも、人類の歴史上、
これほどうつむいている時間が多いときは
なかったのではないかと。

今、世界は、人類みなうつむきぎみ!!

もし、ぼくの仮説が多少なりとも
事実に近いのであれば、
たまにはケータイやPCから目線を上げて、
胸を開いて世界を眺めるのも
いいかもしれません。

「おお! おれはやっぱり落ち込んでなんてない。
おれは元気だ! おれは希望に満ちている」

と心が再び気づいてくれるかもしれません。

そんなわけで本日の短歌です。

 

 

【今日の歌詠】
ケータイにふれるがごとく指先で やわくやさしくながれるように

 

先の仮説とまったく関係なく、ちょっとエロティックな
短歌になってしまいました。
今日は身体性について考えを巡らしていたということで。
さ、PCに向かったあとは、遠くを眺めましょう。
今日の星空はきれいです。

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たわら だいふく

たわら だいふく

ブログ歌人。 職業はコピーライター。 TVCMやグラフィック広告をつくりながら、 「1日1更新」を目標にブログの中で、 日々の些細なできごとを短歌に詠む。 「短歌を詠むということは、世界を肯定していくこと」 という考えのもと、日々コツコツと短歌を詠んでいます。 夢は歌人として歌集を出すこと。 そして、その歌集が100年後も読まれ続けること。 応援よろしくお願いします!